愛する親友と別れ、夢見る後輩と語り、憧れの先輩と戦った話
お正月休みからの3連休、みなさんいかがお過ごしでしたか?
ぼくはかつてないほどにエモい事案に恵まれたので、人生のログ的にまとめておきます。
1)広告業界へ導いてくれた親友が旅立ちました
こう書くと死んだみたいですけど、友人が遠方に就職するって話です。
馴れ初めを説明すると、大学入学時にとっていたフランス語の授業で仲良くなりました。
2年間必修で週2回は授業があったので必然的に顔を合わせるんですけど、いつからか深い話をするようになり、2人で会う仲となりました。
もともとぼくは新聞記者を目指し大学時代も関係のある勉強をしていて、偶然にも彼もメディアに興味があったのでその辺の話をよくしていたと思います。
しかし彼は同じメディア業界でも広告に重きを置いている、しかも類稀なる「広告オタク」でした。
「今流れている○○のCMは電通の△△さんがクリエイティブを作っていて~」
「■■さんの本で紹介されてたCM制作の裏話が面白くて~」
「そしゃの好きなCMって何?俺は30年前にオンエアされてた●●のCMがさ~」
ってな具合で、広告(特にCM)の知識がとめどないとめどない!
ぼくもテレビっ子だったのでCMも好きだったんですけど、彼の「俺もあんなカッコいいクリエイティブ作りたい!」という熱量にはとにかく驚かされましたね。
そこから二人で広告業界のセミナーに行ったり、夜な夜なお互いの家に集まってはお気に入りのCMを観ながら一晩中飲み明かしたりという青春を共にしました。
彼のおかげで広告という世界に興味を持つようになり、「ひょっとしてぼくのやりたいことって広告なんじゃないか?」という気持ちが芽生えました。
そんなぼくたちは就活が始まると当然のように同じ企業の選考を受け、苦楽を共にしていきました。
ところが、広告業界から内定をもらえたのは奇しくもぼくだけだったのです。
彼がいたからぼくは自分の夢を軌道修正することに成功したのですが、彼は自身の歩む道をもう一度探すことになりました。
卒業後彼は大学院でメディアに関する研究をはじめたのですが、数年前に再開したとき、彼の口から思いもよらない言葉が出てきました。
「俺、新聞記者を目指そうと思う。」
その後、彼は地元の新聞社の内定をもらい、この2月で東京を旅立つことになりました。
もともとは彼が持っていた夢をぼくが叶え、ぼくが持っていた夢を彼が叶えることになったのです。
運命というのは、出会いというのは不思議なものですよね。
彼との思い出はここに書ききれないくらい、それこそ真面目に活動したこともあればくだらない遊びもたくさんしました。
広告だけでなく人文科学全般に明るく、映画やファッション、それこそ飲むお酒なんかも彼から多くをを学びました。
いまのぼくを形成しているものやモノの見方の一部、しかも根っこの大事なところは彼から吸収したといっても過言ではありません。
そんな彼の送別会を開催したのですが、いざ話し始めると何だか気恥ずかしかったりもしたり。。
でも彼の大好きなブランドのハンカチをプレゼントして、御礼をしっかり言うことができました。
ぼくは7年間の感謝の気持ちでいっぱいになり、華金の渋谷の町で人目もはばからずオンオン泣いてしまいました。
(別れてから彼もオンオン泣いてたようです)
お互い予期せぬ道を歩むことになりましたが、きっと彼なら、ぼくらなら何とかやっていけるでしょう。
青春というかけがえの無い時間を共に過ごし、ぼくのアイデンティティを築いてくれた親友にこの記事をささげます。
「そしゃ!」
2)大学の後輩がOB訪問にやってきました
昨年から何人かぼくのもとへOB訪問に来てくれていて、土曜日にも3人とお会いしました。
直接の関係性はなかったのですが、大学のキャリアセンターに就職先を登録していたので学内システムを経由して辿り着くようです。
広告業界の就活って、小難しいんですよね・・・。
「これからの社会に役立つ商品を白紙でセールスしろ」ってのは分かるとして、「”時間”を題材にショートストーリーを書け」だの「斬新なアイドルをプランニングしろ」だの、マジで何を見てるのか分からない質問のめじろ押し!
しかも面接では「上半身裸で一発芸」だの「半そで半ズボンで登場」だの、すっとんきょうなエピソードが一人歩きしていたり・・・。
でも実際に働き始めて思ったのが、「ごくごく地味な毎日」なんですよね。
ものすごくクリエイティブなコミュニケーションばかりの制作会社とかなら別ですけど、ぼくみたいな普通の広告会社なら突き抜けたアウトプットよりも「堅実な作業」を積み重ねています。
部署によりけりですけど、例えば朝から晩までエクセルで広告配信のレポートを作ったり、完徹でイベントの台本をこしらえたり、打ち合わせと称した飲み会を重ねたり・・・。
それってどこの業種や会社でもそんなに変わらないと思うし、単に売ってるものが広告ってだけで仕事の段取りは同じです。
だけど就活生にはイメージでしか業界のことは伝わってないし、そのせいで「なんかクリエイティブっぽいこと言ってるけど中身は支離滅裂」なESが横行しちゃうんですよね。
当然彼らには悪気はないしぼくも「それっぽいES」で痛い目を見たので教えてあげたい、もっと言うなら「広告業界を目指すなら何が何でもクリエイティブであれイズム」を正したい。
ぼくのところに来てくれる後輩はなぜか「成績優秀活動多岐性格明朗美女人氏」ばかりで、「マジで言うことがない・・・」っていつも思います。
「そんなに心配しなくても、面接官のおっさんは優しくしてくれるから!噛み付くどころかヨシヨシしてくれるから!」
でも当の本人にしてみたら不安だらけだろうし、きっと藁にもすがりたい気持ちで来てくれてるんでしょう。
彼女たちの志望動機を見ていると、どうして広告に興味をもったのか、広告の世界で何を成し遂げたいのか、個性豊かなエピソードに溢れています。
モチベーションに正解も不正解もなければ、純粋も不順もないだろってのが持論です。
その動機こそがクリエイティブだと思うし、誰にも負けない熱意があればたぶん何とかなります。たぶん。、
久しぶりに「熱意の原点」に触れられた気がしてこちらも嬉しかったですし、地味な作業が続く日々のなかで「ぼくにも達成したい目標があったよな・・・」って思い出させてもらいました。
これから就活という荒波にもまれるであろう後輩たちに、この記事をささげます。
「はやく面白い仕事しよう!というか美女人氏と仕事させてくれ!!!」
3)人生の「お師匠様」と3年ぶりに再会しました
大学時代に活動していたコミュニティでお会いした「お師匠様」が上京されたので盃を交わしてきました。
ぼくはどちらかというと先輩に好かれないタイプで同期や後輩とつるむことが多いんですけど、ただ一人といっても過言ではない尊敬できる方です。
どうして先輩という存在が苦手かと言うと、当然ながら「自分が偉そうにできない」じゃないですか、ぶっちゃけ。
他人に自分を否定されることを何よりも恐れるくせにやたら仕切りたがりな「ミスター井の中の蛙」なぼくなんですけど、この方に会ってから「大海に出て自分をぶっこわさなきゃダメだ」と思えるようになりました。
具体的に説明するとなると、前提の関係性やコミュニティについても触れなきゃいけないのでパスします。
(まあ”一緒になにか活動してたんだろうな”ぐらいのざっくりとした認識でOKです。ア○ウェイとかではないです)
なぜ先輩嫌いなぼくが、一人の人間を慕い敬えるようになったのか?
「ぼくと似た脆さを抱えたうえで、前を見据えているから」。
みなさんも一度は会ったことがあるんじゃないでしょうか?
初めて出会ったときに「あ、こいつには勝てないわ」と思う人間と。
この先輩がまさにそれで、参加者数100人規模のイベントとそのスタッフを仕切り、確固たる言葉で周囲を納得させ、時には衝突をも恐れずに自分のビジョンを具現化させる方でした。
ぼくもどちらかというと「リーダー(キャプテン)志望」なタイプだったので、なおさら衝撃的な出会いでしたね・・・。
いつもならそこで「コイツには勝てないから逃げるか」ってなってたはずなんですけど、なぜかものすごく惹かれてしまった。
その後ぼく自身もそのコミュニティに身を置くようになり、二人で話すような間柄になりました。
そこで分かったのが、「なんだコイツも人間じゃねえか!」って事実です。
ぼくと同様に「人生斜めに構えるタイプ」だし、それゆえに自分も周囲も「勝手に誤解」するし、女人大好きなくせにめっちゃ奥手だし。。
悲しくなるぐらい似通ってたんですけど、ぼくと決定的に違ったのは「それでも譲れないビジョンや熱意」があるということ。
彼の場合は「社会的課題の解決」とか「地域創生」とかのジャンルに特化していて、具体的に「こうなりたい」という詳細な未来設計図も準備していました。
なんだか「ぼくという人間の進化版」というか、きっと性格とかの根本は同じなのに現在地と予想着地点が違いすぎたんですよね。
でも、というかだからこそ「目指したいな、越えなきゃな」って思える存在なんです。
以降は彼の背中を見ながらコミットし、彼に勝てるようなオリジナリティを同時並行で追求していきました。
相談すると的確(時に辛らつ)なフィードバックをくれるし、直接話さなくても「きっと彼ならこう罵るんだろうな」っていう「脳内お師匠様」が道を正してくれるんですよね。
ただ、やっぱ会って話をしないといけないなと。
なぜなら「脳内お師匠様」をアップデートしなきゃいけないから。
当然ですけど彼もぼくの知らない世界で成長しているわけで、その変化を、最新の彼を吸収しないとぼく自身も「旧型」になってしまう。
久しぶりにお会いしたら「くだらなさ」に拍車がかかってて笑いましたが、やっぱり「ぼくのお師匠様」でした。
唯一あの頃と違うところは、「あなたに勝てた」と確信できる成果があること。
ぼくのお師匠様であり、越えるべき壁である大切な先輩に、この記事をささげます。
「これからもよろしくお願いします。」
(具体的に説明できなかったのでフワフワした言葉選びになったことをお詫びします)
そんなこんなで、よくもまあ詰め込んだなって具合の3日間でした。
やっぱり人には会わなきゃなってのが結論です。
マジで遊んだ結果マジで金がなくなったので、今日からは豆腐で過ごす日々の幕開け。
次回は「貧乏レシピ!豆腐の美味しい食べ方」という記事でも書こうかしら・・・。
そしゃ!